ぶっとび避難所
 
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2008年2月18日を表示

17日(日)のお話

スタバでマターリ。
以降はスーパーで食材の補給をした程度で、早めに部屋に戻って
休養を取りました。

一日中雪が降り続けた昨日は帰宅後も2時間の雪かきを覚悟
してましたが、どうしたことかどこかの部屋の住人が多少
雪かきをしていたようです。荒削りで車が通る場所の雪かきとしては
話にならないレベルでしたが、それでもかなり助かりました。
雪かきは1時間程度で終了できたのです。



2月18日(月)01:53 | コメント(0) | 日常 | 管理

16日(土)のお話

結局仮眠とは言え布団で寝たら起きれなくなるんじゃないかとの懸念から、
座椅子でこっくりこっくり寝た程度で起床。

夜の12時を越える夜間出動は翌日の午前中を特別休暇とする。
これは携帯出動手当ての5000円をカットする代わりに設けられた
ルールなのは以前書きましたが、実際に休暇となるかどうかは
その都度所属長の判断を仰がなくてはいけません。
これもルールとしてはいかがなものかと…どんなに仕事しても
朝は必ず出社しなくてはいけない訳ですね。

で、σ(-ω-;)と一緒に出動した相方は車検組のスタッフなので、
車検リーダーの判断で即帰宅。
σ(-ω-;)は前席課長の判断になるんですが、即答で
「やってけや。」と。
σ(-ω-;)の前に13日まで携帯持ってた人、一度5時から7時ぐらいまで
出動した日がありました。この時も同様に朝出社したら、
「仕事の工程云々は関係ない。出動した人の身体を休めるための
ルールなんだから、帰って今日は休め。」
って、多少強い口調で言ってたんですよ。たった2日前の話です。
が、σ(-ω-;)には
「やってけや。」

土曜日で2人公休が居るうえ、更に2人の病欠が出ていたので、
そのフォローのためと我慢して仕事しましたよ。身体はなんとか動くけど
意識はハッキリしてない状態で仕事してました。
話はここで終わりません。この日入ってた唯一の出張修理を
σ(-ω-;)に行かせ、これだけ酷使させられているにもかかわらず
定時退社すらさせてもらえないのです。この日の残業21:30。
1:30の出動から、1時間程度の仮眠を挟んで20時間近い労働を
強いられた訳ですな。同条件で出動してる人の中で唯一これだけの
扱いを受けてます。

仕事を終えて残業台帳に時間を記入した直後ぐらいだったでしょうか、
「どうだ、眠いべ。」
って聞いてきた課長の顔は笑っていました。。。
夕方頃に一度精神崩壊気味になって、ボロッボロに泣きそうになるのを
1時間ぐらい耐えていたのを思い出しますな_| ̄|○…
本当に過労死した時のことをリアルに考えていました。

15日〆の残業時間は76.6時間。他の作業者みたく水増し申請を
一切しないでこの時間です。
つまり今日から集計の月が変わるので、また使われ放題になる訳です。



2月18日(月)01:44 | コメント(0) | 残業 | 管理


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